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ソウル編参加者レポートその1
日韓共同ゼミ(ソウル編)参加者レポート その1
               
今回私たちが観劇した作品は両方とも韓国語の作品であったため、当たり前ですが言葉は全く理解することは出来ませんでした。しかし、“人間の身体は嘘をつかない”という言葉のとおり、演者の仕種からその人が演じている役の人物の気持ちを予測することは十分に可能でした。特に二日目に観劇した『お!あなたが寝ている間』という作品は、ストーリーの内容も全く分からない状態ではあったものの、小劇場という狭い空間での観劇であったので、二階席からでも演者の表情を肉眼で確認することができ、非常に登場人物たちに感情移入しやすかったのを覚えています。また、表情以外にも台詞を言う速さや声の大きさも登場人物たちの感情を読み取る手がかりになりました。

ここまでなら普通のお芝居にも存在する要素ですが、人間の仕種以外にミュージカルには特有の音楽と照明があり、これらがその場面の雰囲気や人の感情というものをより分かりやすくしてくれていたように思います。特に、音楽の方に関してはそれだけで色々な感情を想像することが可能なものであるし、照明の方に関してはそれだけでは固定的なイメージしかしにくいものであっても、そこに音楽と役者の演技が加われば同じ色でも様々な雰囲気を作り出すことが出来る力を持っています。例えば、同じ青系の色であっても、冷静で落ち着いた雰囲気を生み出すことも出来れば、危機感迫る緊迫した雰囲気を生み出すことも可能です。赤系の色であれば、情熱的でどちらかと言えばプラスのイメージが強いような気がしますが、反対に邪悪な雰囲気を生み出すことも出来ます。また、三日目に観劇した『若きウェルテルの悩み』で使われたように、銃で自殺をするシーンの場合には血の色として連想することが出来たり、そのシーンは屋外の設定だったので真っ赤に燃えている夕焼け(もしくは朝焼け)を想像することも出来ました。これらが正しい解釈なのかは自信がありませんが、こういった音楽や照明、それから人間の身体(仕種)というものは、国や言語が異なろうと多くの場合が共通するものであり、互いに理解し合うための手段の一つになるのではないかと思いました。これは、言葉が分からなかったからこそ感じ取れたことのように思いますし、実際、韓国の学生の皆さんが今回私たちが観劇する作品に両方ともミュージカルを選んでくれた理由からも言えるのではないかと思いました。
今回の討論の中では、ミュージカルは歌やダンスがあることで何も考えずに親しめるものであり、物語の内容、つまり演劇のレベルよりも観客を楽しませることの方が重要視されてしまうといった軽薄なものになってきていることなどから、韓国におけるミュージカルの位置づけはあまり良いものではないということを知って非常にショックだったのですが、韓国の演劇史から、もともとは歌と劇は一体化したものであったということ、そしてそれが一度は分かれたものの、後に再び一つになり現在のミュージカルに繋がっている、つまり昔の思想に戻っているのだということが分かって少し安心しました。なぜなら、一度廃れたものが復活するということは、何らかの形で現代に必要とされているからだと思いますし、実際にも演劇の中で唯一成功したと言えるほど人気もあるのだから、アン先生が指摘されていたように、演じる側は観客に訴える力を、観客側は彼らから提供されたものをちゃんと批判できる目・力を持つことをもっと心がけるようになれば、きっと韓国におけるミュージカルの位置づけというのも上がるのではないかと思えたからです。
3泊4日という短い期間ではあったのですが、言葉の分からない外国の舞台を観劇できたことで、もともと好きだったミュージカルがもっと好きになりましたし、劇場も小劇場と大劇場の両方を満喫できたので、それぞれが持つ特徴や違いなどを色々と発見・体験することも出来たように思います。また、国籍や言葉,文化が違うだけではなく、舞台・演劇ということに関しては観客とパフォーマーという違いもある韓国の学生の方々とこういった交流を持てたことは本当に貴重な経験でしたし、このように色々な人たちの意見を聞けたことで自分一人では気が付けなかったことに気付くことができ、それにより自分の舞台・演劇に対する想いというのも改めて考え直してみることが出来たように思いました。(立命館大学 産業社会学部 3回生 小林愛美)

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- | at: 2007/12/25 5:22 PM