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参加者の感想
私が日韓共同ゼミに参加した当初の目的は、行ったことのない韓国の文化にふれ、同じアジアの舞台人と関わりを持って、自分の視野を拡げたいと思ったからでした。
今回、韓国の学生達と一緒に能を学ばせていただいて、日本人と似ている点や、見習うべき点があり、とても刺激になりました。

韓国の学生は、女性は私より若いか同年代、男性は20代後半が多かったのですが、共通して言えるのは、物を教わるときの集中力です。初めて聴く、しかも謡曲を覚えて、能の動きについていく学習能力の速さと正確さ。教わるときに照れや遠慮がなく、瞬時に集中していく姿を見て、日本人である私達も驚いたほどです。
日本人ほど遠慮せず、かといってヨーロッパ人のように我先に行く様子ではないのが、私にはとても新鮮で、素直な印象を受けました。
能に関しては、実物を見る機会が無かったので、非常に興味深かったです。
特に、能楽師である宇高さんの生き方そのものに、感嘆させられる所が沢山ありました。韓国の学生から、稽古と練習の違いは何かと聞かれた時に「“練習”はやって休むもの。“稽古”は24時間、生活の全てを舞台に立つためのものにすること」と答えられたことに、能という芸事の奥深さをひしひしと感じさせられました。
普段私たちの生活は、やったことに対して、すぐに目に見える形での結果を求められます。しかし、能では、一つの決まった型を練習し、そのいい所を残して型から抜け出していくという考え方をずっと続けてきました。それには新しく曲を作ることを禁止された時代背景もあるのですが、深く考える時間がなければ、何百年も後まで残るような芸術にはならなかったのかも知れません。
そう考えると、自分のやっている演劇に対して疑問が湧いてきました。新しいものを早く作ることも大事だけれど、その質に対して責任を持てるのかどうか。歴史に残る時間という縦軸と、文化の違いという横軸の中で、私たち日本人は何を伝えていけるのか。繰り返し上演されて、その度に練られてきた能を学ぶことにより、新たな視点を手に入れたように思います。
何よりも、能楽師の方々や、韓国の劇団の方、ゼミ参加者の方々に出会えたことが、私自身の考え方に大きな影響を与えています。
 この場をお借りして、日韓共同ゼミに参加させていただいたことに感謝したいです。ありがとうございました。

森衣里

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